2011年

9月

18日

被災者支援チャリティシンポジウム@岡山大学~はじまりとこれから~:被災者支援ネットワーク@岡山大学

  8月27日
「被災者支援チャリティシンポジウム@岡山大学~はじまりとこれから~」を無事終えることができました。

<シンポジウム前半>
・ふんばろうのこともよくご存じで物資班でも名が知られていたらしい山本先生の大工道具支援「とんかちプロジェクト」から、岩手を中心に現地の大工さんに道具を手渡した活動や、今後の活動のための支援した大工さんへのヒアリングの結果

・学生主体のプロジェクト「おかやまバトン」から、ボランティアに行きたい岡大生と実際に活動された方とのグループセッションや福島の子供たちの合宿受け入れの実際

・ふんばろう@岡山から、城さんが、活動のきっかけ、ふんばろうの立ち上がり(みうらさんとの出会い)と各プロジェクトの概要説明後、主に物資支援について具体的なHPの内容説明
<シンポジウム後半>
 高岡先生の司会進行で全体ディスカッションが行われ、どのように現地のリアルなニーズをとらえていくかという課題に取り組みながら今後の活動を作るとともに、岡山大学にボランティアセンターを立ち上げる運動を始めようという方向になりました。

 今回のシンポジウムについて、参加者は少なかったのですが、同大学で活動しているPJ同士の理解と交流が深まりネットワーク機能が始まったこと、岡山県精神保健センターという公的機関ともつながれたこと、読売新聞、山陽新聞が、28日に記事として掲載してくださり、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の名も含め各活動を岡山(岡山市)に知っていただける機会となったことで、とても有意義であったと思います。
 参加費の一部3000円ですが、ECサイトに寄付させていただきました。

 また、チャリティーバザーのうちふんばろう関係で出品したものの収益金のうち、11000円を今回出品もしてくださった押し花コースターを作る南三陸町仮設住宅カルチャー教室にお渡しできました。
 そして今回、ふんばろうのエース、岡山に帰省中だった鈴木香住さんが参加してくださいました!鈴木さんは、岡山在住で最近allに入られた角南さんへふんばろうブースのPCを使ってテレフェス参加までご指南、また全体ディスカッションの時には私の無茶ブリにも応えてくださり、遠くからできる行いやすい支援の1つとしてテレフェスの内容をお話され、さすがの鮮やかさでした☆先週、ホテルのランチに行って夕方の部が始まるまでお話楽しかったことも含め、本当にありがとうございました!!

 車で片道2時間かけて打ち合わせに参加・今日発表された城さん、ネットワークの事務局でシンポジウムの司会、会場手配、機器設定、チラシやポスター・展示写真一切をお引き受けくださった高岡先生(と印刷機)、バザーを一切取りしきって下さり開演後受付もされた綾部さん、準備から今日まで大変お疲れさまでした!!
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2011年

9月

18日

おかやまバトン 福島里の子受入れプロジェクト

8月12日

 

岡山大学生が立ち上げた「おかやまバトン」さんの「福島里の子受入れプロジェクト」で8月5日から岡山県に来られていた福島県の子どもたち25名と引率の先生・ご父兄が12日、いよいよお帰りになることになりました。

ブログの、子供たちの弾けるような笑顔を見るだけで、大成功だったことがわかります。
http://okadaishinsaishien.blog.fc2.com/
12日に宿泊している蓮昌寺にお土産のチューリップの球根を持って行きました。園芸学部の学生さんからいただき、ふんばろう@岡山のメンバーでメッセージをつけたものです。

初めてであった子供たちは、みんなとてもくつろいで子供らしく、1人1人手渡すとていねいにお礼を言ってくれました。

また、先生は次のように話してくださいました。

「合宿で、子供たちが変わりました。うらじゃで踊ってる姿を見て、この子たちは震災の前はこんな元気な姿をしていたなと思い出しました。あそこでガラッと変わって、海へ行ってまた変わりました。そして、震災の後、とくに原発のことで1つ1つ何かあるごとに子供達の元気が押し込められていたことに気づきました。その押し込められていたものが一気に外に出たのだと思います。岡山大学に行けたこともよかったです。普段、福島の方でも行けることはないですから。子供達に”ここを受けるのよ”と言ったら”頭が足りない~”と言ってましたけど。声を発すれば1人1人がつながって、こんなふうに助け合えるんだということの経験が、子供たちにとってはとてもよかったと思っています。」

大きな大きな夏の思い出、福島の子供たちにとっても、主催・参加した学生さんたちにとっても、間違いなく貴重な一生の宝物であると思います。

ひょんな成り行きで学生さんの打ち上げ二次会まで参加させていただき、アルバムCDを見せていただいてそう思いました。
このつながりがこれからも、福島の子供達が岡山大学へ来る日にも続いていますように。そしてそのときには、福島も、日本全体が明るく元気でありますように。

 

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2011年

9月

18日

震災から5か月目&支援報告

8月11日

 

10日テレビせとうちさんより支援活動の取材を受け、11日9:30~の「せとうちパレット」で、サイトを使い物資を送るところを紹介していただきました(取材当日は、緊張で全然しどろもどろでしたが、とてもうまく編集して下さってました)
震災から5か月目ということでのコーナーだということです。

嬉しくありがたいことです。

ふんばろう@岡山の鈴木さんも多くの物資を送る準備や送られたお手紙についての紹介で出演されていました。

どうぞ1人でも多くの方が、ご協力くださいますように。

 

下の写真は、番組の中で送る手配をしていた「さかなのみうらさん」へのシャンプー&リンスで、11日に発送しました。

 

 

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2011年

7月

25日

支援報告(個人)

7月18日(月)

 

7月10日に早稲田のトークイベントで話された内田さんがいらっしゃる志津川高校避難所へ、懇親会の写真を添えて物資を送りました。

 

志津川高校で避難者のためにおいしい料理を作り続けている内田兄弟へのビッグな黒Tシャツ、カミソリ替刃、避難所の蠅駆除に便利なハエ取りリボン5本入り5パック、暑さ対策の熱さまシート、あと写真には入っていないですが、表町商店街で買った、鈴虫の音色の風鈴。

 

到着早々、お礼のお電話をいただきました。電話の後ろで子供がにぎやかに騒いでいたのを、すごくうれしく思いました。

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2011年

7月

25日

支援報告 7/22

7月22日(金)

 

発送先:宮城県石巻市避難宅(津波で一階は全壊、2階で暮らしている。電気・ガスは使えるがお風呂には入れない)

発送物資:職場からご提供のあった圧力鍋、およびアマゾンサイトから飲料水2L×6本入り2箱を追加し発送しました。

 

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2011年

7月

25日

おかやまバトン主催-今、岡山のあなたに伝えたいこと~福島から来た私から

岡山大学の学生や教職員を中心に結成した被災地への復興支援を行うプロジェクトが岡山大学に立ち上がっています。

 

 「おかやまバトン~つなぐ広げる被災地支援~」

http://okadaishinsaishien.blog.fc2.com/

14日に開催された【第2回企画】今、岡山のあなたに伝えたいこと~福島から来た私から、へ出席しました。

 

メディア取材も入っており、許可をいただき少しご紹介させていただきます。

 

<ゲストスピーカー>

1)子ども未来・愛ネットワーク:岡山県へ東日本震災で被災した親子の受け入れをサポートhttp://kodomomirai.org/index.html

代表 大塚愛さん

 

福島県川内村で生活されていたが、原発事故後、出身の岡山市へ家族で避難。福島から自主避難される方の受け入れ、一時避難(保養)される方のキャンプなどをサポート。

地元の復興と相反する放射能問題。安全なところに避難した方がいいという思いと、若い人が出ていった後どうやって復興するかという、折れそうなほど重い天秤が福島におかれているとのことでした。

 

2)Dream Style 福島から倉敷市に避難される方の受け入れサポート団体

 代表 小林弘典さん

 

 福島県郡双葉郡浪江町から家族で避難されたときの様子や、警戒区域に入った時の様子をビデオを映しながら講演。安全な岡山へ避難した自分ができることとして倉敷市と連携し、受け入れできる体制、自分が迎えに行く体制を整えているとのことでした。

 

<岡山市から被災地支援に向かった方のスピーチより>

 

・岡山大学の女子学生さん:

がれき撤去や炊き出しボランティアに参加。コンビニで現像した写真を渡したおばあちゃんに「これが最初の一枚」といわれ、思い出も何もかも流されたことを実感。学生が現地に入り始めたら皆さんが明るくなった。心のケアも考えながら、学生は外から元気を与えに行く!そして、こうやって経験を伝えていくことがボランティアに行ったあとの私の使命、と話されました。

 

・岡山市で居酒屋を数店舗経営、南三陸町で炊き出しを行った方:

炊き出しで食事を作るだけでなく、1人でも多くの人と話をして、人としての何かを伝え合うことが大切。現地の人同士も確執が起こっているが、外から入った人はどちらとも関われる。話をすると、どの人もほんとにいい人。8月末にも行く予定。

 

・団体を立ち上げて岡山・香川からボランティアバスツアーを組まれている方(ふんばろうにも参加されているようでご存知でした):

道路はだいぶ片付いたが12歩入るとまだまだ泥や瓦礫が片付いてない。泥かきはボランティアだけでするのでなく、地元の人と一緒にすることが大事。ボランティアのニーズは、メンタルなもののカバーや、避難所から仮設への引っ越しの手伝いも必要でありどんどん変わる。1人でも多くの人に現地に行ってもらいたいので、8月末に岡山市から、9月には香川県高松市からバスを出す予定。

 

おかやまバトンさんは、85日~12日に福島で日本舞踊を習う子供たち小中学生20人+引率者)の合宿受け入れをする予定です。

 

現在、ふんばろう@岡山主催で、おかやまバトンさんと協力し、ふんばろう東日本支援プロジェクトの紹介と、福島子ども受け入れプロジェクトの報告会を兼ね、岡山でできる被災地支援を考えるチャリティーシンポジウムを8月末に行うことを考えています。会場はたぶん岡山大学の教室になります。

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2011年

7月

24日

物資を送った方からのお礼

職場の方からご協力いただき、物資を発送した方からお礼のお電話やお手紙をいただきましたので、ご報告させていただきます。

 

宮城県仙台市 Oさんよりお電話

(残念ながら出られなかったのですが、留守電に残して下さっていました)

「このたびは、ティッシュボックスや衣類など様々なものをありがとうございました。代表してお礼をいいます。本当にありがとうございます。みなさんでつかわせていただきます。」

 

宮城県石巻市 Aさんよりお手紙

(タオルを発送させていただいた方です)

「このたびは、温かいご支援、誠にありがとうございます。

たくさんの方々のご支援と温かい心遣いに支えられ、

日常の生活に戻ろうと皆で力を合わせて頑張っています。

遠方より応援して下さる方がいることが、何より復興への励みになります。

少しずつかもしれませんが、前へ進めるよう、頑張ります。

本当にありがとうございました!!」

 

宮城県石巻市 Gさんよりお電話

(バスマットを発送させていただきました)

到着早々に「ありがとうございます。使わせていただきます。」とのお電話をいただきました。

 

日々、必死でお暮しの中、このようにご丁寧なお電話やお手紙をくださり、お電話のお元気そうな声や、お手紙の力強い文面に、こちらが勇気づけられたり、人として学ぶものがたくさんあると思いました。

 

お手紙や物資を送ることで、遠く離れていても、見ず知らずの者同士でも、人と人がつながりあい、支えていくことができます。

できることを少しずつでも続け、ともに試練を乗り越えていくことが、支援者にとってもかけがえのないものを得ていくことになると思いました。

 

そしてそれは、物資を送った人送られた人だけの営みではなく、現地で直接窓口を作った人、要望をHPに掲載する人、HPへのお問い合わせに対応する人、そして直接物資を配送する宅急便の人…、たくさんの人で作られているしくみがあってこそ、かなえられるものです。

   

1人の力は小さくても、つながりあうことで、さらに尊いつながり、大きな力になる。

 

どんな支援活動にも、この光があります。

 

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2011年

7月

24日

支援報告 7/14

7月14日(木)

 

発送先:宮城県石巻市Gさん避難所(自宅が全壊し半壊の実家に5人家族で暮らしている)

発送物資:職場からご提供いただいたトトロの図柄のバスマット。1品だけとなったので、葉書を添え写真のようにギフトラッピングして発送しました。

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2011年

7月

24日

7月7日記事へのお問い合わせから

7月11日(月)

 

7月7日の山陽新聞の記事を見た方から山陽新聞さんの方へ物資を送りたい旨のお問い合わせがありました。

 

ご連絡先をお聞きし、直接お電話させていただいたところ、
ご年配の上品な女性の方で、
「被災地にはとてもいけないが、なにか支援はしたい。仮設入居が始まり、家電などはあるようだが、女性からみると生活にはこまごまとしたものが必要。送れるものはたくさんあるのだが、どこに送ってよいか周りの誰に聞いてもわからなかったところ、ちょうど記事を読んだ。HPは見られるが問い合わせまではできないので、どうしたらよいだろうか」とのことでした。

 

こちらで食器類を要望されている避難所の住所を確認してお伝えし、

後日、無事発送されたことのご連絡をいただきました。

お問い合わせ、ご発送、ありがとうございました!

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2011年

7月

24日

被災地へ扇風機を送ろう!プロジェクト

7月6日(水)

 

7月4日、「被災地へ扇風機を送ろう!PJ」が始動しました。

冷房のない体育館の避難所、電化製品が全て流されたり使えなくなった避難宅は、暑さにうなされてます。

しかし、現地に扇風機は全く足りていません。節電の必要もあって、被災地以外の電器屋にも扇風機は品薄の状態。

 

夕方、岡山駅前ビックカメラにかけつけるつもりが、夕方からものすごい雷と雨。やむなく翌日5日の夕方にお店にいくと、写真の扇風機の箱が積みあがっていました。しかし他のスタンド式扇風機は軒並み品切れ入荷未定。

この扇風機がなくなると、この機種については売るものがない状態。

対応して下さった店員さんが奔走して下さり、10台特別に翌日までお取り置き、と確保してくださり、翌日6日、無事に石巻市の渡波小学校避難所へ送ることができました。

 店員さん、本当にありがとうございました!

 

5日にビックカメラから出てきたとき、偶然「ふんばろう東日本支援プロジェクト」のチラシをおいてくださっている美容院Dolceのオーナーにばったり。自転車で扇風機を買いに来られたそうで「まだありますか?!」と聞かれ、「今ならあります!」と答えた後、すかさず「今日10時からガイアの夜明けで活動紹介あるので見てください!」と追加。

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2011年

7月

24日

喫茶~菓音~

7月3日(日)

 

久しぶりに「ふんばろう東日本支援プロジェクト」のチラシをおいていただいている「菓音」という喫茶店に、新しいチラシと7/5の「ガイアの夜明け」でプロジェクトが紹介されることのPRに行きました。

 

こんなふうに、素敵にレイアウトして下さいました。

来られるお客さんが持って帰って下さることもあったり、ご自身の整体院に貼ってくださっている方もいらっしゃるとか!

ありがたやありがたや。

 

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2011年

7月

24日

表町チャリティーイベント

7月2日(土)

 

偶然入ったカフェで見つけたチケットのイベントに行ってきました。

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2011年

7月

24日

支援報告 7/3

7月3日

 

発送先:宮城県仙台市の体育館・武道館避難所担当者 

発送物資:職場からご提供いただいた、カラフルな女性用タンクトッ

     プ、合わせて要望のあったBoxティッシュ3箱。

     かわいい猫の写真のはいったBoxティッシュです。

     梅雨真っ只中なので、しっかりビニール袋に包み手紙を添え

     て。

 

 

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2011年

7月

24日

ふんばろう東日本支援okayama報告7/8

鈴木です。

すばらしいホームページを作ってくださった京極さん、大浦さん、感謝します。

城さんのような大きな活動ではありませんが、この場を利用させて下さい。救援物資や送付支援金がカトリック教会だけではなく、プロテスタント教会や市民からも届いていますので、カトリック教会内で報告した簡単な資料を提示します。

かなり長文となり、恐縮します。次回からは工夫します。

 

●活動報告1 2011 6/5 

  ★私たちの行動は、顔と顔をむすんでの、きめ細かな支援です★

 現地で被災し苦難にある方々、仲立ちをし情報を送って下さるボランティア、後方で支援物資を調達し発送する全国のボランティア、三者が結ばれています。

大きな支援センターには、物資の仕分けができず山積みして置かれてある一方、幹線から離れた所特に流失を免れた個人宅や集会所に肩を寄せ合って避難している所には、

まだ食べ物さえが行き届いていない状態です。また、義援金は、配分基準問題や行政の不備のため3割程度しか配分されておりません。

現地の不案内で起こるこのようなミスマッチを無くし、必要な所へ必要な物を緊急に届けるために生まれたのが、このネットワーク支援です。

情報源は、早稲田大学の西條剛央先生(仙台市出身)が開いた「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を中心に、私たち「岡山野宿生活者を支える会」(岡山教会支援)が所属する「ホームレス支援全国ネットワーク」の現地情報によっています。後者の「仙台ワンファミリーグループ」は、いち早く地震の翌日の12日から現地で炊き出しを始めました。

個人的にも支援できますので、インターネットのできる方は、ふんばろうのホームページ「http://fumbaro.org/をご活用下さい。

なお、通信販売会社「アマゾン」からも自分が注文し、被災者へ配送できます。

 

★「ふんばろう東日本支援Okayama」開設後、5月末までに支援した宛先 

・宮城県石巻市避難個人宅(家全壊。15人が生活。現金無し)    

・岩手県大船渡市避難個人宅(6人、うち子ども2人。支援物資届きにくい)

・宮城県気仙沼市避難個人宅(5人。食料無し)

・宮城県気仙沼市避難個人宅(自宅全壊・半壊。8世帯うち子ども

3人。水道ダメ)

・宮城県石巻市避難個人宅(半壊した建物の2階へ10数世帯、ガ

スダメ、電気一部。孤立地帯)

・宮城県石巻市避難個人宅(家全壊。4人うち子ども1人。水道ダメ)

・宮城県仙台市小学校避難所(約200人。電気ガス水道一部復旧)

・宮城県気仙沼市地区避難所(30世帯83人。高齢者多し)

・岩手県陸前高田市公民館(家全流失した6世帯30人、うち子ども5

人。5月末まで寝具は座布団と毛布。水道一部。支援少なし)

・宮城県東松山市地区避難所(11世帯。うち幼児3,小1が1、

寝たきりの方1人。食事は市からの配給)

・宮城県石巻市避難個人宅(町の70%流失。高台にある50世帯

へ約150人。5/30段階で配給は週3回、おにぎり2個。食べ物が

無い)

 

現在まで、配送した救援物資内容 

食料:米120kg、缶詰60個、レトルト食品3袋、天然水200cc18

本、醤油4瓶、各種茶5袋、チョコビスケット22箱、お菓子5袋、イ

ンスタントコーヒー1瓶。

生活用品:毛布4枚、シーツ4枚、タオル95枚、バスタオル10枚、男性衣料2着、女性衣料4着、ボックスティッシュ25箱、ウエットティッシュ32箱、ゴミ袋200枚、座布団13枚、絵本2冊。

その他、包装のすき間に入れた小物:石けん、ひげ剃り、歯ブラシほか多数

※ 全部で16個の段ボールや布団袋を発送しました。

 ★会 計 報 告 

  ・総献金額 7万300円   

  ・総支出額 4万8690円(送料3560円、支援物資購買17982円、包装用品148円。なお送料の1回平均は1910)

  ・繰越額 2万1610円 

被災者の現状:行方不明8343名 避難者99592名 死者15327名(6/2

 

●活動報告2 2011 6/29

 ~顔と顔の向き合った、手から手への、きめ細かな支援~

現地の隅々まで入って行き、被災者の必要物資を把握する人、その

情報を整理し、インターネットツイッターで全国へ配信する人、

要な支援物資を全国から個別被災者へ発送する人、およそ5百人から 

6百人のボランティアで運営されています。

 

 お礼の返事が、礼状や電話等で来ています。3つだけ紹介します 

★(南相馬市Tさん避難宅)「支援物資届きました。事務局の方々や物資を送って下さった方々の善意の心、とても嬉しく涙がとまりませんでした。人の優しさ、人とのつながり、感謝です。ありがとうございます。避難時は雪が降りとても寒かったですが季節はもう夏をむかえようとしています。私の住んでる地域は原発の影響で稲作が出来ません。そこに向日葵の種を蒔き、元気になろうとしています。復旧はまだまだ厳しい状況ですが、皆様の支援のもと頑張ってます。自宅から何も持ち出せないままでの避難生活ですので、可能であれば引き続き支援をお願いいたします。311日、大震災が、津波が、原発の放射線が、私達に恐怖と一緒に襲い掛かりました。当時自宅にいた娘は津波を目の当たりにし、心に深い傷を負いました。津波によりライフラインを失い、避難所を転々としました。認知症の父と、持病のある娘との避難所生活は予想以上に大変でした。避難所から地元に戻りましたが、原発から20km圏内にある自宅には立ち入ることさえ出来ません。原発により職を失い、農業を営んでいた夫も農地が津波により塩田となり、警戒区域の為、なすすべもなく、収入が無くなりました。当初は支援物資の支給がありましたが今は全くありません。どうか支援をよろしくお願いします」

★(気仙沼市魚町Kさん避難宅)「拝啓、気仙沼にも初夏が知らずと訪れました。いろいろな物資を送って下さり心から感謝しております。気仙沼が港町として復興する事が支援して下さった皆さまへのご恩返しとさせて頂きたいと日々過ごしております。書面にてお礼申し上げます。敬具」

(南相馬市長 桜井勝延さん)「この度は心温まるご支援を賜り厚く御礼申し上げます。被災者の方々は東京電力福島第一原発事故の収束を願いながら不安な日々を送っております。このような中、今回のご支援は被災者の体と心も温かくなったものと思います。すでに震災から3ヶ月が経過し長い期間となっておりますが、常に前向きな気持ちでがんばっております。この度のご支援に重ねて御礼申し上げますと共に、今後とも引き続きご支援の程よろしくお願い申し上げ取り急ぎの御礼とさせていただきます。本当に有り難うございました」

 

 現在、特に必要とされている支援物資 

(1)脱臭剤/芳香剤/ハエ叩き/蚊取り線香/マスク/

(腐敗した魚肉やガレキの悪臭がひどく、ハエ・蚊が異常発生しています)

(2)洗濯用洗剤/台所用洗剤/箱ティッシュ/トイレットペーパー/石けん/尿取りパッド/タオルケット/シーツ/

(3)米/天然水/乾麺(そば・うどん)/カップラーメン/レトルト食品/真空パック肉類/野菜/各種調味料/缶詰類/栄養ドリンク/お菓子/

(4)下着(男女、新品)/女性用化粧品/生理用品/半袖シャッツ(男女、洗濯済み)/靴下(男女、新品)

(5)以下の物は、献金の積み立てが出来れば、通信販売(アマゾン)で購入し転送する事を考えたいと思います。

扇風機/炊飯器/冷蔵庫/自転車/

 

インターネットのできる方は、個人でも支援できます。

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」のホームページ「http://fumbaro.org/ご活用下さい。また、市民と協働し、岡山のホームページを立ち上げました。

http://fumbaro-okayama.jimdo.com/

 

 6月にお届けした支援先 

岩手県陸前高田市Oさん避難宅/宮城県牡鹿女川町Tさん避難宅/岩手県大船渡市Sさん避難宅/宮城県東松島市Cさん避難宅/福島県南相馬市原町地区避難所/宮城県気仙沼市Sさん避難宅/宮城県石巻市Nさん避難宅/宮城県石巻市Nさん避難宅/宮城県気仙沼市Iさん避難宅/岩手県大船渡市Kさん避難宅/福島県南相馬市Mさん避難宅/岩手県遠野市沿岸部地区支援/宮城県気仙沼市Tさん避難宅/

 5月開始以降、全34箱発送しました。

 

 会 計 報 告 

・総収入額 計8万74355月繰り越し2万1610円、5月献金額6万5825円)

・総支出額 計5万1789(物資購入2万4524円、送料2万6530

円、包装用品735円。なお送料の1回平均は、約1480)7月への

繰り越し 3万5646

 

現在の避難者:岩手県25747人、宮城県25489人、福島県23979人(仮設住宅入居者除く)。3県以外へ、49379人避難(6/15)。

岡山カトリック教会 平和共生委員会

「ふんばろう東日本支援okayama」事務局

 連絡先 090-3858-2741(鈴木實)

 

 

 

 

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2011年

7月

24日

支援報告 6/27

6月27日

 

①発送先:宮城県石巻市Sさん避難宅(自宅が全壊~流失の14世帯分の   

     要望をまとめている避難宅)

発送物資:20日に呼びかけた職場から初めてご協力いただき、タ 

     オル14枚、小タオル3枚。

     提供くださった先生はお手紙も添えてくださいました。  

     私の手元にもタオルがありましたが、縁にマジックで施設

     名が書いてあったので、チロリアンテープを縫い付けて、

     お手紙とともに合わせて送りました。久しぶりに針を持ち

     チクチクと縫い付け、少し不恰好になってすみませんとお

     手紙に書き添えました。  

     また発送料のご寄付もありました。誠にありがとうござい

     ました。

 

②発送先:宮城県多賀城市Sさん避難宅

発送物資:もう1人の先生からご提供のあった衛生用品。
     提供済み物資報告時にHPで確認すると、結構同じものが既  

     に送られており、消耗品なので重なっても問題ないとは思

     うのですが、もう少し気を利かせて他のものも同包すれば

     よかったと少し反省。

 

③発送先:福島県福島市Oさん避難宅(原発からの避難民や子供たち

     1000人以上の避難者)
発送物資:以前から取り寄せていた子供用紙マスク500枚。放射線の

     広がる中を登校する大勢の子供たちが使うものです。
     発送料をご寄付くださった先生、大変ありがとうございま

     した。

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2011年

7月

04日

輪を広げる-1-

6月20日 大浦

 

会議で職員の方が集まった貴重なお時間をいただき、震災の物資支援ご協力への呼びかけと、活用サイトとして、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の紹介をさせていただきました。

 

職員の方からご提供いただいた物資を、私の方でサイトの支援希望の方に送らせていただくというものです。

資料は1)東日本大震災支援へのお願い

   2)支援希望物資リスト

   3)ご提供のあった物資の送り方と報告について
     ふんばろう@岡山の紹介

   4)「必要な物」を「必要な分」「必要とする被災地へ」

      ふんばろう東日本支援プロジェクト紹介 でした。

この取組の送付先対象避難所は、大勢の避難者をサポートしており食糧支援をはじめ生活物資全般支援を無制限に希望となっているところ、としました。

質問に沿って、活用サイトについては、発祥の経緯から100%民間ボランティアであり団体ではないこと、どのように現地と直接つながっているか、そして、物資を送った方から、私も他の方もお礼のお手紙などをいただいていることなど、追ってお話いたしました。

 

今後、ご提供のあった物資発送については、メール配信と共に、こちらへのHPでの報告もさせていただきます。

 

被災地、避難者の状況に関心を高めてくださり、多くの支援の手が差し伸べられますように。

 

 

 

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2011年

6月

20日

同じなんです

東日本大震災の被災された人と、自分たちって何も変わらんです。

 

どうも初めまして、城と申します。

 

6月19日、

ふんばろう東日本支援プロジェクト@岡山県情報ステーション(以下、「ふんばろう@岡山」)のメンバー4人(大浦さん、京極さん、鈴木さん、城)が集まり、山陽新聞さんに取材してもらいました。

 

私は岡山から日本全国の人々に伝えたいことがあったのに、上手く伝えられなかったので、このブログで伝えようと思います。

 

伝えたいことは2つ。

 

①被災された方と私たちって同じなんです

②1人でも多く、東日本のサポーターになってほしい

 

 

<①被災された方と私たちって同じなんです>

家に住めなくなったり、

水・ガス・電気が使えなくなったり、

食べ物がなかったり、

家族や友達が亡くなったり、

そんなことがなかったら、普通に生活していたんです。

 

3月14日、私は震災後に初めて宮城県に行きました。

岩沼市役所でボランティアをしていたんですが、

初めて話しかけたおじいさんが偶然にも岡山出身の方でした。

 

そのあと、市役所の人、

『歩道の凸凹でつまづいてを怪我した』中学生、

『目を真っ赤にして憔悴している』市民会館の職員さん、

『被災されているのに』一緒にボランティアした兄ちゃん・姉ちゃん、

小学生や『荷物をたくさん抱えた』お母さん・お父さん、

『家をなくした』タバコをくれた同い年ぐらいの兄ちゃん、

 

色んな人に会ったけど、『』がなければ、

岡山駅周辺ですれ違うような人ばかりだった。

 

違うことは1つだけ。大震災の被害を直に受けたか、受けなかったか。

 

私が個人で支援していたときのことで忘れられない感情がある。

 

「あそこはダメだった。幼稚園生がみんな流されてしまった。」

 

3月15日に、とある老人ホームで会話しているところを聞いた。

 

 

言葉では表せない感情が溢れた。

4月、5月のことは忘れてしまったのに、

3月、特に一人で活動をしていたときのことは、昨日の話の様に思い出せる。

 

3月19日、AMDAの派遣員として活動を始めるために岡山市に行った。

喫茶店で昼食を取りながら、個人活動の記録をメモしていた。

 

幼稚園生ぐらいのこどもがお母さんと笑顔で楽しそうに食事をしていた。

言い様のない感情が込み上げてしまった。

 

大切な人の命が突然、失われてしまったらどんな気持ちだろうか。

友達と遊んだり、家族でご飯食べたり、デートしたり、

英語の分詞構文や数学の三角関数で悩んだり、部活動がつらかったり、

初めての引っ越し・社会人生活を迎えるのにドキドキしていたり、

長年使っている職場で機械や道具を手足の様に使ったり、

家に帰ってきて迎えてくれる人がいたり、温かいお風呂が用意されていたり、

田植えに備えたり、その田園風景を楽しみにしたり、

そんなありふれた日常生活が消えてなくなってしまったら、どう思うだろう。

 

「被災者」という名前の人間はいない。

被災された方も、私やあなたと同じ、1人の人間であることに気付いてほしい。

 

 

 

<②1人でも多く、東日本のサポーターになってほしい>

「行く」とだけ決めて、3月12日に岡山の新見市を出発した私ですが、

お金はあっという間になくなりました。

15万円は使った。何だかんだで20万円以上は使ったと同じだろう。

 

個人の限界などする来ると思っていたからAMDAに登録したが、

今度は自分の体力の限界が来た。

 

他にも理由があったが、

4月から岡山で、農業の研修生として普通に仕事して生活を送っている。

年収が200万円に満たない自分にはこれ以上出せるお金はない。

支援するがために自分の生活を壊したら、きっと被災された方に迷惑をかける。

 

だからお金をこれ以上使えない自分は、

微力ながらもブログやツイッターで伝える活動をした。

 

5月中旬には「ふんばろう東日本支援プロジェクト」に参加して、

岡山にいながらもパソコンを駆使することで支援活動を続けている。

 

そうする前から気づいていた事実が2つある。

・岡山にいるからって、怒ったり悲しんだり泣いたりしても何にもならない

・自分1人じゃ被災された方々を助けられない、支えられない

 

今でもたまに、どうしようもない怒りや苛立ち、悲しみや無力感に襲われることがある。残念ながら岡山にいて、怒りをぶつけようが、泣き叫ぼうが、何の足しにもならない。

必要なのは一つ一つ小さな結果に結びつける行動なのだから。

 

…ちなみに被災地で無闇に感情を吐露するのは絶対ダメだけどね。

幸いにも友人も知り合いも無事だった自分が、

何で、もっと泣いたり怒ったりしたいのに前へ進もうとしている人たちの前でわめかなきゃならんのだ。

 

また残念なことに、自分1人の力なんてたかが知れている。

現に私のお金はなくなった。

20万円ぐらい使ったのに宮城県の方に届けた物資は7,8万円程度だ。

 

しかし、それは3月の話。

今は郵便局も宅急便も使える。少なくとも物は届けられる。

3月、私1人では7,8万円程度の物しか届けられなかったが、

今、1000万人が百円出せば、10億円、

これを1年間、毎月続ければ120億円が集まり、

送料を差し引いてもざっくり、100億円分ぐらいの物資を届けられるんじゃないかな。

 

労働力もそうだ。

私1人じゃ、冷蔵庫も持てないけど、2人いれば持てるし、

100人いれば50か所で重いものを持つ作業ができる。

 

とにもかくにも、1人ではどうにもならない。

 

私と同じことをして欲しいなどとは言わない。

けれど、

何か1つでも被災された方のためにできることをして欲しい。

 

ボランティアって言うと、幅が限定されるから、

サポーターになって欲しい。東日本を一緒に支えよう。

 

 

 

こんな稚拙な文章しか書けない自分です。参考までに

ふんばろう東日本支援プロジェクト http://fumbaro.org/

3/12-31 私の被災地支援活動 http://bit.ly/lZ37dD

マイブログ http://joe-no-joe.seesaa.net/

 

マイブログを見てもらえれば、こんな人でも何かやっているんだから、

自分はもっとできる!って思えるはず。

 

何かありましたら、上にある「お問合わせ」からご連絡ください。

東日本支援に関することであればできる限り対応しようと思います。

 

私にも、あなたにも、被災された方にも、

朝は来る。時間は待ってはくれない。だから私は行動します。

 

長文になりましたが、このブログを読んで、

何か1つでも気づきがあれば幸いです。

 

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2011年

6月

09日

遠くにいてもできること

震災の100か日供養が行われ、101日目となった6月19日、ふんばろう東日本支援プロジェクト@岡山グループ(略して、ふんばろう@岡山)のメンバーが初めて一堂に会しました!

 

それまで個々に支援活動を行い、存在は知っていたものの、顔合わせは初めてという方同士。さすがに刺激の多い初顔合わせでした。

この日を、ふんばろう@岡山の新たなスタートとしたいと思います!(勝手に)

 

そして、このブログを訪ねてくださってありがとうございます<(_ _)>

 

ありがたい皆様なら百もご承知かと思いますが、

このHPから呼びかけたいことを、改めて書かせていただきます。

 

3月11日から、はや3か月以上が経ちました。

 

このたびの震災で被害にあわれた方、関東~東北3県にご家族、ご親類、ご友人がいらっしゃる方のご心中やご苦労は如何ばかりかと、お見舞い申し上げます。

 

ここ岡山の地には、生活が根底からひっくり返されるほどの影響はなく、ほぼ震災前と変わりない生活や仕事に追われる毎日が続けられる、あたりまえの幸せが続く環境があります。

その環境の中で伝え聞く、家も思い出もすべて津波によって流され、家族や親しい人を失い、住み慣れた町そのものが跡形もなく壊滅した被災地の窮状、あるいは、土地も家も地震の被害は免れたのに原発事故によって故郷の生活を断念せざるをえない理不尽さに、心を痛め続けておられる方、募金の行方や行政にもどかしさを覚えつつ確実な支援の方法を模索されている方もいらっしゃると思います。

 

被災地の方が最も辛いことは、忘れられることだと言われていました。

 

まずはそうして、被災地への関心を持ち続けること、応援の気持ちを忘れないでいましょう。

 

そして、その想いを、

今の生活の中でもできる支援という形で、避難者へ届けてみませんか?

“必要なものを必要な分だけ必要な人に送る”

「ふんばろう東日本支援プロジェクト」への参加も、確実な方法の1つです。

 

私も、岡山という遠くの地からでもなにかできないかという思いの中で、

これなら確実な支援ができる、と参加し、何度か物資を送った中でご丁寧なお礼のお葉書をいただきました。そして、1つのモノと一緒に応援の気持ちが届き、生活の不便さが少しでも和らぐ以上に、助けられているという気持ちを実感できることが被災地の方を支えるということがわかりました。

 

いま多くのボランティア団体が各地から支援の手を差し伸べていますが、生活再建という、1人1人千差万別のニーズに対応する細やかな支援が行き届くには、まだまだ足りません。

被災者を支えるということは、1人1人を支えることからなんだと私も思います。

「できることを、できるところで、できるだけ長く」を全国の1人でも多くの方が行うことで、1人でも多くの避難者が、心折れることなく復興への道のりを歩んでくださればと思います。

 

国難という、この度の震災は、直接被害を受けなかった地に住む自分たちにとって決して対岸の火事ではなく、共に乗り越えるべき喫緊の試練だと思います。

 

被災地の方を支え、一緒に歩み続けて、きれいな水と空気、安定した経済基盤、海の幸、山の幸、美しい景色が日本のどこにいても受け取れる幸せを、ずっと残していきたいですね。

                              by 大浦

 

 

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